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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(行ツ)73号 判決

東京都台東区今戸二丁目三七番九号

上告人

株式会社石黒建設

右代表者代表取締役

石黒源一郎

右訴訟代理人弁護士

萬谷亀吉

山下義則

東京都台東区蔵前二丁目八番一二号

被上告人

浅草税務署長

三井吉秀

右指定代理人

二木良夫

右当事者間の東京高等裁判所昭和四六年(行コ)第三七号法人税課税更正決定取消請求事件について、同裁判所が昭和四八年三月一六日言い渡した判決に対し、上告人から一部棄却を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人萬谷亀吉、同山下義則の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、正当として首肯するに足るものであり、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難するものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 団藤重光)

(昭和四八年(行ツ)第七三号 上告人 株式会社石黒建設)

上告代理人萬谷亀吉、同山下義則の上告理由

第一点 原判決には左に述べる如く理由不備ないしは理由そご又は審理不尽の違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないものである。

原判決は、被上告人が上告人会社に対し本件更正処分を推計課税の方法によりなしたのは違法であるとの上告人の主張に対して、上告人会社の営業用帳簿には少くとも売上げについて記帳洩れがあり、他にこれを補充して所得金額を明らかにする直接的資料もないことが認められるから所得金額を推計により算出することもやむをえないというべきであると判示して、上告人会社の右主張を斥けた。

ところで、白色申告においても法人の所得額を認定するには、まずその法人の正規の帳簿書類等によるべく、みだりにこれを無視して直ちに推計課税の方法によるべきではないのである(最高裁昭和三三年六月五日昭和三二年(オ)第一一五六号、同年(オ)第一一五七号、最高裁昭和三三年九月一二日、同年(ヤ)第一一〇号。)上告人会社においては、本件更正処分の事業年度分については総勘定元帳の外にも正規の帳簿、書類が存在したのであるから、原審が上告人会社の営業用帳簿には少くとも売上げについて記帳洩れがあり、他にこれを補充して所得金額を明らかにする直接的資料がないと判断するのについては、右営業用帳簿が総勘定元帳のみを指すのかそれ以外の帳簿を指すのかを明確にした上、これ以外には上告人会社に正規の帳簿書類があるか否か、また、それによつて上告人会社における所得金額を算定し得るか否かについて判断をなすべきである。

原判決は前記判断の理由として昭和三九年一月二二日頃上告人会社に対し行われた被上告人の所部の調査担当官の調査によつて請求書綴りのうち〈秘〉と印された綴りのなかには総勘定元帳の売上勘定に記帳されず売上除外されているもののあることが発見されたこと、上告人会社代表者は右記帳洩れについて合理的な説明ができなかつたこと、現金出納帳には約二ケ月の記帳洩れがあり、入出金伝票に基づいて調査日の現金残高を調べたところ、約一〇〇万円と計算されたので現金在高の提示を求めたが上告人会社代表者は直ちに提示することができず後日にしてほしい旨を申出てその翌日の調査の際ようやく現金一〇一万円を提示したこと、右売上除外をして記帳洩れとなつている上告人会社の取引先等からの上告人会社あての小切手が第一審判決添付別紙一、二記載のとおり石倉健二、近藤源作なる故人名義の預金各口座に入金されていることが判明したが、右各口座の入金額のうち幾何のものが上告人会社のものであり、又幾何のものが石黒宇一郎個人に属する金額であるかを確定することが困難であること、上告人会社の本件更正処分の対象事業年度の総利益率が被上告人主張の類似法人七社の総利益率および平均利益率に比較して低いこと、上告人会社の顧問税理士も試算表作成の段階で利益が少いことに疑問を感じ上告人会社代表者や会長に売上脱漏がないか否かを二度にわたり確めた事実を挙げている。しかし、請求書綴りのうち〈秘〉と印された綴りのなかには総勘定元帳の売上勘定に記帳されず売上除外されているものがあることが発見されたとしても、右売上除外部分の判明が前記請求書綴りの〈秘〉と印された綴りの部分によつて判明したとの認定にたつ以上、右綴りの部分により総勘定元帳の記帳洩れの売上高は容易に計算し得るわけである。

従つて、被上告人としては右請求書綴りのうち〈秘〉と印された綴りが会社の正規の書類であるか否かについて判断し、正規の書類と判断されたならば総勘定元帳の記帳洩れの部分についても前記請求書綴りにより容易に売上高を算定し得る以上これが売上高を算定の上実額課税をなすべきである。

原判決は、被上告人が右請求書が上告人会社の正規の書類であると認めたか否か、又、これら書類によつて上告人会社の売上高の実額を計算し得たか否かについて判断することなく前記総勘定元帳に記帳洩れがあるとの認定の下に被上告人の採つた推計課税の方法を適法と判断したのは理由不備ないし理由そご又は審理不尽の違法があるといわなければならない。

次に、原判決は右記帳洩れについて上告人会社は被上告人の前記調査官に合理的な説明ができなかつた旨認定しているが、右認定の事実としては説明の内容についてはなんら判示していないところであり合理的という価値判断を判示するのみで推計課税の方法が適法であるとの一根拠となすことは理由不備の違法があるものと思料する。

更に、原判決は、前記調査の際上告人会社における現金出納帳の記帳洩れが判明したことを指摘するが、右記帳洩れの存在した時期は本件更正処分の対象事業年度よりはるかに後である昭和三九年一月頃であり、かかる時期的に異なる時点における現金出納帳の記帳洩れの事実が直ちに本件更正処分の対象事業年度における記帳洩れと認定すべき根拠はなく、更に、右記帳洩れさえも入出金伝票により判明したと認定する以上右現金出納帳の記帳洩れを補充し得る伝票が存在しているのであつてかかる事情の下において右現金出納帳の記帳洩れが本件更正処分の対象事業年度における上告人会社における所得の実額を算定し得ないとするならばその理由を示すべきである。

原判決は、前記売上除外をして記帳洩れとなつている上告人会社の取引先等からの上告人会社あての小切手が前述の第一審判決添付の石倉健二および近藤源作なる故人名義の各預金口座に入金されている事実を認定しているが、本件においては右各預金口座に入金された右小切手が上告人会社の所得としての入金であるかそれとも石黒宇一郎個人の所得としての入金であるかについては本件更正処分当時から原審における弁論終結まで主要な一つの争点となつていたものであつて、この点について原判決は明確な判断を示すべきである。すなわち、前記小切手の取得者が上告人会社ではなく石黒宇一郎個人である場合には、それにより本件更正処分を推計課税の方法によつた根拠がなくなるものであり、また、右小切手の所有者が上告人会社であるとするならば右所得金額の合算により容易く上告人会社における売上高の実額を計算し得るのである。

従つて、本件においては右小切手の所得者が何人であるかを認定することにより本件更正処分における推計課税の方法が適法でないことが明らかにされるのである。しかるに、原判決は、右小切手の所得者が上告人会社であるか被上告人会社であるかの判断をしないで、右各口座の入金額のうち幾何のものが上告人会社のものであり、又幾何のものが石黒宇一郎個人に属する金額であるかを確定することは困難であると認定し、被上告人の推計課税の方法を適法であると判断したのは理由不備ないしは審理不尽の違法があるものといわなければならない。

原判決は、上告人会社の本件更正処分の対象事業年度の総利益率が被上告人主張の類似法人七社の総利益率および平均利益率に比較して低いことと上告人会社の顧問税理士も試算表作成の段階で利益が少いことに疑問を感じ上告人会社代表者や会長に売上脱漏がないか否かを二度にわたり確めた事実を挙げているが、前者については類似法人の総利益率および平均利益率を上告人会社における本件更正処分の対象事業年度における総利益率と比較して推計課税の方法を適法化する根拠となすこと自体合理性がなく違法であり(この点については第二点において併せて詳論する)、後者については顧問税理士の単に前記言動を以て被上告人の採用した推計課税の方法を適法とする理由となるものではない。

原判決には右に述べた如き違法があり右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決はこの点においても破棄を免れないものと思料する。

第二点 原判決は左の点において法令の解釈適用を誤り、又は理由不備ないしは審理不尽の違法があり、これらの違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないものである。

原判決は、被上告人の採用した推計の方法は合理的でないから違法であるとの上告人の主張に対し、第一審判決と同一理由により本件に採用された推計の方法は合理的であると判断した。而して、原判決の引用する第一審判決において認定した被上告人の採用した総利益率は、被上告人において上告人会社を所轄する浅草税務署管内の建設工事請負会社四〇社のうちから官庁からの注文がなく、主として浅草税務署管内で仕事をしていること、鉄骨工事と木造工事のいずれをも手掛ける会社であること等の諸条件を基準として、その規模、業態等において上告人会社と類似する第一審判決添付別紙三記載のAないしGの七社を選定し、これら会社の平均工事収入総利益率(売上差益率)を〇・一七七と算出したものであり、右総利益率を原判決も第一審判決同様合理的なものと判断しているのである。

しかしながら、被上告人が前記のとおり類似法人としてAないしGの七社を選定するに際して原判決が認定した被上告人主張の選定基準に合致した業者が何社存在したかは被上告人において主張せず又、原判決もこの点については判断をしていないのみならず、右七社の選定が如何なる方法でなされたかの点についても被上告人において主張していないのである。上告人は、右の点に関し、第一審以来被上告人の選定基準が不明確な点を主張したのであるが、原判決はこの点について「かかる選定は無作為になされるのが合理的であつて、特定の意図をもつてなされたものでない限り、類似法人のなかから七社を選定し、あるいは他を選定しないことにつき合理的理由は要しないものというべきである」と判示しているが、前記AないしG社の選定が無作為になされたとの主張は被上告人において主張していないところであり、原判決において右七社の選定が無作為になされたとの事実および特定の意図をもつてなされたものではないとの事実の有無についてはなんら判断をしていないのである。

従つて、原判決は右事実についての判断をなすことなく、右事実の存在を仮定してかかる仮定の下になされる選定は合理的であると判断しているのであつて、かかる原判決の判断は本件における前記AないしG社の法人が類似法人として選定されたことが合理的であるとの理由にはならないのである。

一般に、類似法人の選定に際しては徴税官庁である被上告人は法令に定められた強力な課税権力を有しているのであるから、その課税権力の行使に際しては何人も容易に首肯される具体的な理由ないしは根拠を示すべきである。本件において、被上告人は推計課税の方法として同業者の総利益率を採用したのであるから、被上告人が類似法人を選定する規準とした同業者が管内に何社あり、そのうちAないしG社の七社を選定した具体的基準、少くとも被上告人が規模、業態において上告人会社と類似する法人であると主張する場合の規模、業態の具体的規準を明らかにした上、右七社が右具体的基準に適合する法人のすべてであるか否か、更にそのすべてでない場合には右七社を選定した具体的な手続方法を明らかにすべきであり、原判決もこれが存否について審理判決すべきである。

原判決は、上告人の前記七社相互間および上告人会社との間においても類似性がないと主張したのに対し、前記七社相互間および上告人会社との間に資本金、設備規模、事業年度、売上高、工事原価等について相当の開きがあるのはやむをえないところであるが、これらの開きが著るしく、類似性を失わしめる程度のものであることを認めるに足りる証拠はないからこの点に関する上告人の主張も理由がないと判示した。

前記七社相互間および上告人会社との間に資本金、設備規模、事業年度、売上高、工事原価等について相当の開きがあることは原判決も認めるところである。この場合、相当の開きがあること自体が類似性の存在を疑わしめる理由であるから、かかる相当の開きがあるときにはその相当の開きの存在にもかかわらずなお類似性があるというのであればその理由を推計課税の方法を採用する被上告人において主張立証すべきものである。蓋し、推計課税の方法が認められる場合にもその方法が合理的であることがその要件とされるのであり、従つてその合理性の存在については被上告人において主張立証すべきものである。上告人は、原判決のいう前記相当の開きについては具体的数字を列挙してその開きが著しく類似性を失わしめるものであることを主張しているのであり、その開きが著しいことは右開きの具体的数字によつて明らかであるのにかかわらず原判決は右類似性の存在についての被上告人の負担する主張立証を上告人会社に転嫁するのみか、上告人会社が主張する前記相当の開きについての具体的数字による主張についても証拠がないとの理由を以て上告人の主張を排斥したのは推計課税の方法についての解釈適用を誤つた違法があるか又は理由不備ないしは審理不尽の違法があるものである。

被上告人は前記七社の平均工事収入総利益率を算出してこれを本件推計課税の方法に採用しているが、右七社の選定方法自体合理性がなく、また、右七社相互間および上告人会社との間に類似性が存在しない以上、右七社の平均工事収入総利益率を算出してこれを本件推計課税の方法に採用しても右推計課税の方法は合理性がないものといわなければならない。

右に述べた如く、本件推計課税の方法は合理性がないのにかかわらずこれを合理的なものであると判断した原判決は、結局法令の解釈適用を誤つた違法があるか又は理由不備ないしは審理不尽の違法があるもので、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決はこの点においても破棄を免れないものである。

以上

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